ヨコタのそれはそれ、あれはあれ。

ヨコタの感じた日々のあれこれ

その正当性は、女、を持ってして証明されるだろう

知らないので知らないと言った。
だって本当に知らなかったから。

夕方、西日の射すカフェで彼女は嘘だというような顔でコーヒーをすすった。
どう思われようがいいけど、知らないものは知らないし、そんなに勘ぐられると気分が悪い。
いっそデタラメでっちあげていたく困らせてやればよかった。

彼女の言い分はこうだ。
先月、彼女と彼女の彼氏、そして私と彼女の共通の女友達で食事会をした。彼女の家に招かれたので彼氏がご飯を作ってくれた。
皆ほどよく飲み、ほどよく食べ、ほどよくお喋りし、ほどよい時間で帰宅した。
問題はその後である。彼氏の料理がだんだん凝ってき出して、味も美味しくなってきたのだと言う。

いいことじゃない、と私は返した。
彼女はきっ、と私を睨んで声を荒げる。

ちっともいい事じゃない!あの晩彼氏の料理をゆうこが手伝ったでしょ?それから料理が日に日に上手くなっていって...
絶対あの後何回か会ってはゆうこにご飯を作ってるんだわ!

確かにあの晩、ゆうこが料理を手伝っているシーンはあった。あるには、あった。
ただ、彼女が言うような親密さや、やましい雰囲気は感じなかった。
いくらなんでも突飛が過ぎる。
第1そんな器用に密会なんて彼氏には出来そうもない。

私は思った通りのことを話した。

彼女の行き場のない怒りの矛先はやがて目先の私へと移る。

本当は知ってるんでしょ?と。
ゆっくりと舐めるように言った。

だから私は知らないと答えた。
だいたい本人に聞けば済む話じゃない。

彼女はコーヒーをすすった。
あなたには、彼女はいう。あなたにはわからないよ。私の不安も焦りも。あなた、彼氏いた事ないんでしょ?わかるわけないよ。
彼女はもう一度コーヒーに口をつけ窓からの外を睨んだ。

とうとう彼女の魂胆がわかった。
彼女は解決を求めていない。ただ溜まった鬱憤をどこかにぶつける必要があった。
その行為に私は見覚えがある。
私もイライラした時、パーっと気分を晴らしたい時、自分を慰める。彼女は私を使って自慰行為をしている。
私のような恋愛経験の乏しい女を、無知、無邪気に善悪区別付かず事が流れるのを楽しんでいると自分に落とし込んで、溜まった毒素を投げつければ気持ちいいと踏んでいるのだ。
要するに私はうってつけだった。

彼女は相変わらず外を睨んでいる。
彼女の言う恋愛経験が、1人の男のために感情を揺さぶられるもの全般というなら、たしかに私にはない。
だとすればそもそも私に相談するのはおかしい。
だから、自慰行為だと思った。

あー、めんどくさい。私は女のこういうところが嫌いだ。
背負ったものを要は八つ当たりとしてしか還元できない。女の中で当たり前になっているその行為が嫌いだ。
感情的になっていると見せかけて、その裏、冷静に還元先を選んでいるのもずるくて嫌だ。

もう帰りたかった。
私はこの場から去れる最短ルートを頭の中で検索する。
ここはもう彼女のシナリオに則ろう。

目を伏せ、出来る最大の申し訳なさと落ち込んだ表情で、そうだよねと告げる。
いくらばかりかの硬貨を置いて私は店を出た。
彼女はまだ窓の外を覗いている。


卑下してしまえば。卑下してしまえばいくらか楽だろうと思う。ただ、それ用の心持ちを、気前のプライドを無視しなければ、私はいくつかの小骨を取り除かないと満足に嚥下出来ない。

帰りの電車で彼女からメールが届いた。
さっきはごめんなさい。ただの八つ当たりだよね。
私は大丈夫だよ、と返事をする。
そう。よくわかっている。八つ当たりをするつもりで私を呼び出し、毒を排出した。

ただ、私は彼女の事が嫌いなわけではない。
彼女もおそらくきっと私の事を嫌ってはいないと思う。
問題は彼女が一友人として私を認識し、嫌いではないというフィルターを通した上で私を下に位置付けた。

まぁ考えてもしようのない事だろう。
ただただ、早く帰りたい。
なんせ、家では彼がご飯を作って待っている。
最近凝って上手になった料理を作って待っている。

モラルについて語るつもりはない。
なぜなら私は「女」だからだ。


あー、家に帰ったらまず何をしようか。
ご飯にしようかな、お風呂にしようかな。
それとも、気分に任せて八つ当たりの自慰行為でも。