ヨコタのそれはそれ、あれはあれ。

ヨコタの感じた日々のあれこれ

それより、もっと小さい

こんなに人が多いとは思わなかった!と彼女が駆け寄ってくる。見慣れた余所行きの服で、ぱたぱたと小走りする。つるんとしたおでこにはうっすらと汗が見えた。
それはそうだよ、と私は言う。これから花火大会で普段ここに来ない人も花火を見にくるから。

しばらく黙って彼女は人のごったに目をやった。やがて額にしわを作り、手で顔を仰ぎながら、花火ってそんなにいいものなのかしら、と彼女は返す。私は心配になって、花火は嫌いだったかと彼女を覗き込んだ。彼女は全然!と明るい声で返事をした。私は安堵し、彼女は、ただ、好きでもでも嫌いでもないよ、と続けた。彼女が言うには好きか嫌いかの評価するものにまだなり得ていないもの、と言う事らしい。
私は、と彼女は言う。私はほとんどの物事を相対的な評価でしか見ない。美的感覚が乏しいのかも知れない。私は花火という光を一体なにと比べて綺麗だと言えばいいのか知らない。世界に女が私しか居なかったから私を選んだって言われても嬉しくないでしょう?
私はいたく感心して、ほお、と相槌をうった。
でも今日は楽しみだった。浴衣を着たいつもより相対的にかっこいい君がみれるから。恥ずかしげもなく彼女はいう。
それなら、と。それなら君も浴衣を着てくればよかったのに、と拗ねてみせると、あれは労力に対して得られる可愛さが釣り合わないと笑った。

とりあえず、とりあえずビールだ!と私の手を引き、彼女は人混みに切り込んだ。

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花火を見ながら、先刻彼女は言っていた事を考えていた。
遅れてやってくる花火の音で胸が振動する。

Q.来年も来れるだろうか?
A.来年も来れるようにしよう。
Q.来年は今年より相対的に楽しくなるといいね。
A.毎年楽しくなったら疲れちゃう、相対的に全く同じ楽しみにして。
Q.そういう考え方もありなんだ。
A.ありなんだよ。

花火の終了の時間が近づいた。
最後の最後、花火のクライマックスでその日1番大きな花火が上がった。
私は、彼女の瞳に映る花火を追った。

そういえば、と彼女は言う。
そういえば聞いてなかったけど、君は花火は好きなの?

ペットボトルのキャップサイズの打ち上げ花火が好きかな。あれはいい、相対的比べるものがなくても綺麗だと思うよ。と返す。

線香花火?

ううん、それより、もっと小さい。

なんだそりゃ、と彼女は残りのビールに口をつけた。
それに合わせるように私もビールを飲み干した。

花火が終わると、もう用は無いと言うように人がゾロゾロと帰り出した。

蒸し暑い夏が終わる。

彼女はいつか、私の中にキャップサイズの打ち上げを見つけてくれるだろうか。