傘で空を確かめる
"外に出たらまず、傘をさすのだ"
いよいよをもって、不要不急という言葉が馴染みを帯びた。不必要な外出は控えるようにと通達が出され、半ば閉鎖的な日常を送るようになった。
日の変わり目までぼやぼやと歓楽街を照らしていた酒屋の赤提灯も、今では早々と色を消して暗闇と同化している。
そういった経緯で巣ごもりになってしまった私はどうにかこの日常を楽しめないかと思案した。
観たいアニメも手の凝った家飲みもあらかた遊び尽くしてしまって、とうとう引き出しが無くなったわけである。
はじめの方はよかったリモート飲みも結局は居酒屋の賑やかな飲みには勝てなくて、逆に外出欲の起爆剤になりかねなくて、すぐに手を引いた。
読書だってもともとしてるし家でやる事なんて特に変わらなくて、と思いついたのが、外を出たら傘を差すことだった。
日傘なんかじゃなくてコンビニで買えるようなあのビニール傘。
ほんとにする事が無いんだなと自分でも笑ってしまうがこれが思いのほか楽しかった。
まず明日の天気を予想して布団に入る。
耳栓をして寝て、朝起きる。
息を止めて傘を差して目を瞑って外に出る。
当たったら嬉しい、外れたら残念。
これだけ(息をとめるのは始めたての頃匂いで雨だとネタバレを食らったから)
晴れの日だとはたから見れば、おずおずとビニール傘を広げてる女なんておかしく見えるだろうが雨の日は正解でも外れでも楽しい。
扉を開いて広げた傘を持つ手にボツボツと雨の振動が伝わって、あ、雨だ。って思う。
いつも挨拶するだけだった子と始めてハグをするような、なんかそんな感じ。
ビニール傘に引っ付いた雨の足の裏を観察して私はいそいそと部屋に戻り身支度をする。
彼氏なし、30半ばで、ろくずっぽ人生見えない。
これが私の暮らしだ。
絡まってくちゃくちゃになった日々をどうにか紐解いて細々と生きている。
不安がないと言えば嘘になるが、キリなく蔓延するぬかるみに浸かるような心持ちはきっとどこかで干からびているのだと思う。
明日の天気はなにやら四角く生産された奴の赤い部分をこれまた四角く設計された時代とともに薄くなってぬあいつらに向けて押せばいくらでもわかる。
でも、人生には天気予報なんてない。
私は、と考える。
私はたまに思い出しては心の扉を傘を差しながら出るのだ。
そうして降ってくる不幸をしたから覗いては、はらはらしたり、怖気付いたりする。
でも大抵は外に干してた洗濯物を取り込む程度の事で、低気圧で起こる偏頭痛程度の事で。
よほどの台風なんかこないかぎりは大丈夫、と自分を慰める。
私は今を生きている。
雨も今感じるし、晴れも今楽しむ。
冬の頬を切るような風も、夏の撫でるような生ぬるい風も、私の"今"たらしめる助っ人だ。
私は傘を差しながら心の中に入ることをやめない。
だから、と思う
だから、このまま。このまま走れ、私の干からびた虚栄心と湿った自尊心。